作家浅田次郎のことが良くわかる:「浅田次郎とめぐる中国の旅」

画像
「浅田次郎とめぐる中国の旅」
 浅田次郎監修 講談社 2008年刊

 著者の清朝末期を扱った小説(「蒼穹の昴」「珍妃の井戸」「中原の虹」)の舞台を訪れる紀行と、著者の小説に対する取り組み姿勢などの紹介。著者の考え方を知るには非常に良い著作。
 著者に関する逸話他
○受験勉強の最中に呉敬梓(ごけいし)「儒林外史」や宮崎市定「科挙史」を読み、科挙制度に興味を持ち、受験に懐疑的になり、大学にいかなかった。これが、後の「蒼穹の昴」に繋がる。
○紫禁城や中国には訪れたことが無くて、「蒼穹の昴」を書き上げたとのこと。全て自習にて紫禁城や中国の風土を学んだとのこと。
○紫禁城は三度落城。一度目は、明の滅亡時(実際には、李自成らの農民一揆で落城し、清の軍勢が入城したのは40日後)。二度目は、第二次アヘン戦争(アロー号事件)のおり、英仏連合軍によって。三度目は、義和団事件のおり。
○浅田次郎の小説(本人の意見):大所高所からものを見る小説でなく下から見上げていく小説とのこと。単なる歴史小説ではなく冒険小説として楽しんで欲しい。⇒確かに。「蒼穹の昴」では、歴史上の事実に架空の人間を登場させたり。天命のみしるしとして龍玉を登場させたりして、所謂歴史小説の枠を超えている。
○中国では王朝交代した後、新しい王朝が前の王朝の正史を書くというのが伝統。しかし、清王朝の正史は書かれていない。⇒これが清朝末期の小説を書く所以でもあるという。
○西太后を悪女にしたのは西欧列強。もとは、エドモンド・バックハウスとジョン・ブライドによる「西太后治下の中国」(1910年)による。
○浅田次郎の小説を書く憲法は、①美しく書く②分り易く書くとのこと。又若い頃は古文書お宅で、大学の資料館などの古文書をあさったとのこと。⇒大学に行かず(基礎的修練なくして)に、これだけのことが出来るとは驚き。
 浅田次郎の小説に対する考え方や、清朝末期を扱った三部作を読む上で非常に参考になる著作。この三部作の次を書くことを考えていたようだが、このような本が出るということは、次は無いのだろう。

"作家浅田次郎のことが良くわかる:「浅田次郎とめぐる中国の旅」" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント