東北旅行記(2012/12/29~11/3)-1 花輪線
前々から行きたいと思っていた弘前、酒田、鶴岡の街歩きを楽しんだ。序に今で乗ったことの無いJR花輪線、五能線、陸羽西線東線の踏破も。初日は、盛岡から花輪線経由で大館から弘前に至る経路。
東北新幹線「はやて13号」で盛岡に9時22分着。花輪線のホームはわかりづらく、駅員に聞くと、盛岡駅の先頭にあると言う。花輪線は好摩までは、旧東北本線、今は私鉄「IGRいわて銀河鉄道」の線路を使っているので、この私鉄のホーム0番線から出るようだ。それにしても、一旦JRを離れると、不便な隅に追いやってしまうとは。厳しい世界!
乗ったのは9時46分発の大館行き。車両はキハ111の二両編成。座席は当初5割以下の客だが、好摩を過ぎて花輪線に入るとガラガラで一両当り10人以下になった。安比高原駅で、バス旅行の途中で花輪線を利用する団体が添乗員に引率され乗ってきたが、湯瀬温泉駅で降りてしまうと又閑散とした車内に戻った。何処に行ってもローカル線は寂しい。この路線も以前は急行も走っていたようだが、今は盛岡-大館間直通運転は1日10本以下、廃線にならぬように祈るばかり。
松尾八幡平を過ぎるあたりから、左手に岩手山が頂上を雲に隠して色付いた山肌を見せ、周辺の山の雑木林が綺麗に色付いているのが目に入り始めた。当に紅葉の盛りというところ。
11時33分八幡平駅着。この駅は無人駅だが構内の喫茶店に委託して切符等の販売をしているように見えたが、その喫茶店も閉店状態。御用の方は駅前の店舗に連絡して欲しいとの張り紙。名前は有名な八幡平だが実情は、寂れた田舎の駅舎。
本日の目的の一つ、大日霊貴(オオヒルメムチ)神社大日堂を訪れるための下車。オオヒルメムチとは天照大神らしい(どうして、こう読めるのか不思議)。社伝によれば、ダンブリ(トンボの意)長者の娘が継体天皇の妃になったことから創建され、その後奈良時代に僧行基によって再建されたという。こんな大和から離れた場所に1500年前に創建されたとは驚き。この日、神社に訪れる人も無く、近所の家々もひっそりとして熊でも出るのではといった感じの場所。大きくて立派な大日堂、内部は天井も高く、暗く少々不気味。由緒ある歴史にもかかわらず、狭い境内。今様に言えばある種のパワースポットだろうか。
近所の食堂で昼食を取り、駅に戻ったが次の大館行きが来るのは2時間後。他に行くところも無いので、再び神社に戻り境内に座り込み、絵を描いて時間を過ごし雰囲気を味わった。
14時35分に待ちに待った気動車。再び花輪線の旅。この先の興味は、スイッチバックのような十和田南駅。この駅、別に山岳地帯にあるわけでもないのにスイッチバック。手持ちの国鉄予定線・未成線一覧によれば、大館から十和田南経由して青森県側の旧東北本線三戸駅(今は青い森鉄道)に通じる鉄道が計画されていたとのこと。その線が出来ないため、こんな形になったと想像できる。ここで列車は進行方向を変え、一路大館に。
列車は、流れが豊になった米代川沿いを下っていく。線路の傍にはススキの並木(?)。セイタカアワダチソウでなくて良かった。
大館駅の一つ手前の東大館では、駅長さんと秋田犬の像がお出迎え。列車は、奥羽本線を乗り越え一時併走して大館駅に15時34分到着。この後、奥羽本線に乗り継ぎ今夜の宿のある弘前でこの日の予定終了。
東北新幹線「はやて13号」で盛岡に9時22分着。花輪線のホームはわかりづらく、駅員に聞くと、盛岡駅の先頭にあると言う。花輪線は好摩までは、旧東北本線、今は私鉄「IGRいわて銀河鉄道」の線路を使っているので、この私鉄のホーム0番線から出るようだ。それにしても、一旦JRを離れると、不便な隅に追いやってしまうとは。厳しい世界!
乗ったのは9時46分発の大館行き。車両はキハ111の二両編成。座席は当初5割以下の客だが、好摩を過ぎて花輪線に入るとガラガラで一両当り10人以下になった。安比高原駅で、バス旅行の途中で花輪線を利用する団体が添乗員に引率され乗ってきたが、湯瀬温泉駅で降りてしまうと又閑散とした車内に戻った。何処に行ってもローカル線は寂しい。この路線も以前は急行も走っていたようだが、今は盛岡-大館間直通運転は1日10本以下、廃線にならぬように祈るばかり。
松尾八幡平を過ぎるあたりから、左手に岩手山が頂上を雲に隠して色付いた山肌を見せ、周辺の山の雑木林が綺麗に色付いているのが目に入り始めた。当に紅葉の盛りというところ。
11時33分八幡平駅着。この駅は無人駅だが構内の喫茶店に委託して切符等の販売をしているように見えたが、その喫茶店も閉店状態。御用の方は駅前の店舗に連絡して欲しいとの張り紙。名前は有名な八幡平だが実情は、寂れた田舎の駅舎。
本日の目的の一つ、大日霊貴(オオヒルメムチ)神社大日堂を訪れるための下車。オオヒルメムチとは天照大神らしい(どうして、こう読めるのか不思議)。社伝によれば、ダンブリ(トンボの意)長者の娘が継体天皇の妃になったことから創建され、その後奈良時代に僧行基によって再建されたという。こんな大和から離れた場所に1500年前に創建されたとは驚き。この日、神社に訪れる人も無く、近所の家々もひっそりとして熊でも出るのではといった感じの場所。大きくて立派な大日堂、内部は天井も高く、暗く少々不気味。由緒ある歴史にもかかわらず、狭い境内。今様に言えばある種のパワースポットだろうか。
近所の食堂で昼食を取り、駅に戻ったが次の大館行きが来るのは2時間後。他に行くところも無いので、再び神社に戻り境内に座り込み、絵を描いて時間を過ごし雰囲気を味わった。
14時35分に待ちに待った気動車。再び花輪線の旅。この先の興味は、スイッチバックのような十和田南駅。この駅、別に山岳地帯にあるわけでもないのにスイッチバック。手持ちの国鉄予定線・未成線一覧によれば、大館から十和田南経由して青森県側の旧東北本線三戸駅(今は青い森鉄道)に通じる鉄道が計画されていたとのこと。その線が出来ないため、こんな形になったと想像できる。ここで列車は進行方向を変え、一路大館に。
列車は、流れが豊になった米代川沿いを下っていく。線路の傍にはススキの並木(?)。セイタカアワダチソウでなくて良かった。
大館駅の一つ手前の東大館では、駅長さんと秋田犬の像がお出迎え。列車は、奥羽本線を乗り越え一時併走して大館駅に15時34分到着。この後、奥羽本線に乗り継ぎ今夜の宿のある弘前でこの日の予定終了。







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