中京地区の城廻 ④岡崎城
岡崎城へは名鉄東岡崎駅から歩き。事前に調べたルートは岡崎公園前駅からだが、名鉄の名鉄特急の停まる駅が東岡崎であること、どちらからでも距離的には同じということから、東岡崎駅で下車。街の案内板を見ながら岡崎城へ。矢作川に通じる乙川にかかる殿橋を渡って、一旦国道一号線(旧東海道)に出て大手門から入城。
この城は徳川家康で有名だが、実際は、徳川家が関東に移動した後に着任した豊臣大名が、城の整備や東海道を城下に引き込む等の城下の整備を行っている。今の岡崎はこの豊臣大名のお陰と言ってよいのだが、この大名の影は薄い。大手門から入城すると正面に「三河武士のやかた家康館」その左手に「二の丸能楽堂」。家康館の傍には、合戦に負けたあと反省材料とするため絵師に描かせた有名な家康の絵を、立像にしたものが建っていた。奥に進むと右手の岡崎城の本丸を切り離すために掘られた青海堀に沿って進むと右手に龍城神社。ここは何のご利益があるか分らなかったが若い女性が沢山参詣していた。
その奥が天守閣。天守閣は鉄筋コンクリート三層五階。最上階からは三河地区の素晴らしい眺望が得られた。一通り内部を見て外に出ると、天守の前に東京江戸博物館の前で見た石像に似たものが目に入った。亀に似た想像上の動物贔屓(ひき)をベースにしたもの。家康と贔屓何か関係あるのかな。
岡崎城は日本100名城の一つに登録されている。その印として番号つきのスタンプが備えられているはずだが見当たらない。係りの人に聞くと無くなると困るということで大事に事務所内にしまってあるという。確かに窓口の上のほうに百名城のスタンプを押したい人は声をかけるようにと表示があるが、気のつく人は少ないだろうと思う。声をかけないと出てこない。岡崎城に限ることではなく他の100名城もそうだった。100名城選定委員会でそうのように指導しているのだろうか。少し工夫すれば良いように思うのだが。
その後、神橋を渡り竹千代通りから乙川沿いを歩いて東岡崎駅に戻った。
この城は徳川家康で有名だが、実際は、徳川家が関東に移動した後に着任した豊臣大名が、城の整備や東海道を城下に引き込む等の城下の整備を行っている。今の岡崎はこの豊臣大名のお陰と言ってよいのだが、この大名の影は薄い。大手門から入城すると正面に「三河武士のやかた家康館」その左手に「二の丸能楽堂」。家康館の傍には、合戦に負けたあと反省材料とするため絵師に描かせた有名な家康の絵を、立像にしたものが建っていた。奥に進むと右手の岡崎城の本丸を切り離すために掘られた青海堀に沿って進むと右手に龍城神社。ここは何のご利益があるか分らなかったが若い女性が沢山参詣していた。
その奥が天守閣。天守閣は鉄筋コンクリート三層五階。最上階からは三河地区の素晴らしい眺望が得られた。一通り内部を見て外に出ると、天守の前に東京江戸博物館の前で見た石像に似たものが目に入った。亀に似た想像上の動物贔屓(ひき)をベースにしたもの。家康と贔屓何か関係あるのかな。
岡崎城は日本100名城の一つに登録されている。その印として番号つきのスタンプが備えられているはずだが見当たらない。係りの人に聞くと無くなると困るということで大事に事務所内にしまってあるという。確かに窓口の上のほうに百名城のスタンプを押したい人は声をかけるようにと表示があるが、気のつく人は少ないだろうと思う。声をかけないと出てこない。岡崎城に限ることではなく他の100名城もそうだった。100名城選定委員会でそうのように指導しているのだろうか。少し工夫すれば良いように思うのだが。
その後、神橋を渡り竹千代通りから乙川沿いを歩いて東岡崎駅に戻った。





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