横浜北部地区遺跡散策(2019/11/21)

 神奈川県内遺跡探索の一環として今回は横浜北部地区の遺跡を訪れた。
 最初に訪れたのは、東急田園都市線市が尾駅から歩いて20分の場所にある「稲荷前古墳群」。横浜市内で、最も古い古墳(4世紀後半)もあり、前方後円墳、前方後方墳、方墳、円墳、横穴墳と各種古墳が存在するという。住宅街近くの小高い丘に分布していたが、残念ながら、形は崩れ原形を見ることは出来なかった。古墳群からは大山・丹沢山系の絶景が望める場所。

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 更に、20分ほど歩いて住宅街を抜けたところにあるのが、「市が尾横穴古墳」。ここも、周りは住宅街に囲まれた小高い丘の南面乃至は南東面に開けられた穴のお墓が整然と並んでいた。一部内部を覗ける穴もあった。ネット情報では、6世紀後半から7世紀後半にかけての近隣の有力農民の墓とのこと。両方の古墳群には、説明の立て看板があるが、劣化・汚れが激しく読むことが難しい。折角の神奈川県指定遺跡であるのでメンテンナンスがあればと思うのだが。
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 次は、電車を乗り継いで、港北ニュータウンの真ん中、横浜地下鉄ブルーラインセンター北駅東側の丘の上にある弥生時代の遺跡「大塚・歳勝土遺跡公園」。公園、奥の方にあるのが、集落の共同墓地と思われる「歳勝土(さいかちど)遺跡」。縄文時代は屈葬が主流だったが、弥生時代は伸展葬となったので、箱型の石棺が使われたという。木棺が復元展示されている方形周溝墓も見られた。
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 近くに、周りを先の尖った木柱と深さ1m程の濠で囲まれ、内部には再現された竪穴住居や高床倉庫のある、「大塚遺跡」。小型の吉野ケ里遺跡の感。堀や柵で囲われていることから集落同志の戦いがあったのだろう。
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 一番奥の、都筑民家園には江戸時代の古民家「旧長沢住宅」が再現。近くには横浜市歴史博物館もあったが残念ながら入口が分からずパス。
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 最後は歩いてセンター南駅近くの「茅ヶ崎城址」。14世紀から16世紀前半に使われた丘城で、郭(くるわ)や、倉庫が中心の城。この場所は、神奈川湊から小机城を経て武蔵國府中に繋がる街道沿いにあり関所的役割を果たしていたという。横浜市管理の「大塚・歳勝土遺跡公園」と「茅ヶ崎城址公園」は管理が行き届いており説明看板も読みやすい。
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 以上弥生時代から江戸時代前半の遺跡巡りでした。

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