コーカサス三ヵ国旅行記(5)ジョージア軍用道路付近観光(その1)
この日の行程は、旧都であり大相撲栃ノ心の故郷”ムツヘタ”からロシアへとつながるジョージア軍用道路を北上しロシア国境近くのカズベキ村まで。

<ジュバリ教会>
最初の訪問地はジュバリ聖堂。この先訪れるムツヘタの町の手前の山上の教会。六世紀に建てられたものでジュバリとは十字架を意味し、この国の教会は大体において空か見ると十字架の形をしているとのこと。小高い丘の上にあったためイスラム教徒による破壊を免れたとのこと。訪れた時、聖堂に続く門近くには物乞いの夫人が数人。比較的早朝にも拘わらずこんな山上にまで何処から集まってきたのだろうか。この後、訪れるムツヘタの街の眺望が良い。



<ムツヘタ スヴェティツホヴェ大聖堂>
坂を下って川沿いにムツヘタへ。途中道路に栃ノ心の大きな写真のついた横断幕があった。駐車場でバスを降りて、お土産屋の並ぶ参道を抜けて大聖堂へ。大聖堂の前には野良犬が数匹寝ていたが、今回訪れた三カ国とも猫以上に野良犬(?)が目立った。それも、嫌に馴れ馴れしく尻尾を降って近づいてくる。愛想が良さそうだが」何と無く不気味。
大聖堂はジョージア最古と言われているが建物自体はムスリムにより壊された後、11世紀に再建されたもの。教会内には、トルコのアヤソフィアで見た壁画に似たキリストのフレスコ画や、イベリア歴代の王様の墓が床に並んでいた。墓が教会の床に並び、その上を踏んで歩くのはどうも慣れない。




<アナヌリ教会>
ムツヘタの街を抜けてジョージア軍用道路を北上。軍用道路というからには。、重量のある戦車などが走ってもびくともしない道路を期待したが、未整備の道路で、途中崖の傍では柵も無く少々ヒヤヒヤもの。

トビリシの水源地ジンヴァリ貯水湖の傍を通ってアナヌリ教会に到着。湖岸の崖の様なところの要塞の中に2つの教会、内部には黙示録のフレスコ画。




この後、一路北上し、グダオリのホテル(マルコポーロホテルグダオリ)で昼食。



この後、巨大な壁画(ロシア・ジョージア友好記念塔:帝政ロシアが東ジョージアを保護国化した200年記念に造った)や軍用道路の最高点2395mの十字架(十字架峠)や第二次世界大戦で戦死したドイツ人の墓などの傍を取り抜けたあと下ってカズベキ(ステパンツミンダ)村へ。これらの内容は次回。
<ジュバリ教会>
最初の訪問地はジュバリ聖堂。この先訪れるムツヘタの町の手前の山上の教会。六世紀に建てられたものでジュバリとは十字架を意味し、この国の教会は大体において空か見ると十字架の形をしているとのこと。小高い丘の上にあったためイスラム教徒による破壊を免れたとのこと。訪れた時、聖堂に続く門近くには物乞いの夫人が数人。比較的早朝にも拘わらずこんな山上にまで何処から集まってきたのだろうか。この後、訪れるムツヘタの街の眺望が良い。
<ムツヘタ スヴェティツホヴェ大聖堂>
坂を下って川沿いにムツヘタへ。途中道路に栃ノ心の大きな写真のついた横断幕があった。駐車場でバスを降りて、お土産屋の並ぶ参道を抜けて大聖堂へ。大聖堂の前には野良犬が数匹寝ていたが、今回訪れた三カ国とも猫以上に野良犬(?)が目立った。それも、嫌に馴れ馴れしく尻尾を降って近づいてくる。愛想が良さそうだが」何と無く不気味。
大聖堂はジョージア最古と言われているが建物自体はムスリムにより壊された後、11世紀に再建されたもの。教会内には、トルコのアヤソフィアで見た壁画に似たキリストのフレスコ画や、イベリア歴代の王様の墓が床に並んでいた。墓が教会の床に並び、その上を踏んで歩くのはどうも慣れない。
<アナヌリ教会>
ムツヘタの街を抜けてジョージア軍用道路を北上。軍用道路というからには。、重量のある戦車などが走ってもびくともしない道路を期待したが、未整備の道路で、途中崖の傍では柵も無く少々ヒヤヒヤもの。
トビリシの水源地ジンヴァリ貯水湖の傍を通ってアナヌリ教会に到着。湖岸の崖の様なところの要塞の中に2つの教会、内部には黙示録のフレスコ画。
この後、一路北上し、グダオリのホテル(マルコポーロホテルグダオリ)で昼食。
この後、巨大な壁画(ロシア・ジョージア友好記念塔:帝政ロシアが東ジョージアを保護国化した200年記念に造った)や軍用道路の最高点2395mの十字架(十字架峠)や第二次世界大戦で戦死したドイツ人の墓などの傍を取り抜けたあと下ってカズベキ(ステパンツミンダ)村へ。これらの内容は次回。
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